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731部隊を追って 最終回 週刊金曜日1994.11.25号

週刊金曜日1994.11.25号P40-P43より引用。 西野留美子

敗戦後、七三一部隊は戦争責任を追及されることなく、アメリカの細菌戦争に取り込まれていった。戦後の医学界は、七三一部隊の残党に支配され続けた。注目の連載最終回。
 731部隊とペンタゴン 
(略)一九七四年二月二三日、第七二回会衆議院予算委員会では、楢崎弥之助議員がアメリカのペンタゴンから研究費の供与を受け研究を委託されている日本の大学・研究機関の一覧表を提示し、その説明を求めた。
 研究の内容であるが、たとえば東京大学では、大気汚染性物質の動物免疫過程におよぼす影響に関する研究、京都大学では分子レベルにおけるウイルス宿主相互関係に関する研究、神経組織のミクロゾームの物理化学的生化学的研究、群馬大学では臭覚の受容機構に関する神経生理学的研究、国立癌センターではデング熱ショック症候群の場合の人体血清、補体成分の測定……という多岐にわたった内容である。(略)
 政府は隊員名簿を保管
 東京裁判で免訴された七三一部隊は、その全貌を国内にも明らかにされることなく歴史に潜行を続けたが、一九八二年四月に開かれた内閣委員会では、榊委員が軍人恩給に関連して、七三一部隊の問題について質問を行なった。今から二一年前のことである。
 榊 旧満州、つまり中国の東北地方にいました旧軍人のうちで、関東軍防疫給水部(七三一部隊)に所属していた軍人軍属などがいます。そ
のうち恩給官員、つまり恩給を受ける公務員、これは何人いたのか、それから非恩給官員は何人だったのか、資料はございますか?
 森山説明員(援護局業務第一課長) 関東軍防疫給水部、通称石井部隊という部隊でございますが、この部隊の復員者、つまりお帰りになった人のうちで恩給公務員の数、恩給公務員の数と申しましても、普通恩給の年限の資格があるかどうかわかりませんが、一応身分的に恩給公務員となるという人の数を申し上げます。私どもで保管しております留守名簿という名簿がございまして、これは昭和二〇年一月一日現在で外地に売った部隊所属名簿でございます。これは終戦後も残務整理で復員の記録などを書き込んだものでございます。これによりますと、将校が一三三名、准士官、下士官、兵、これが二五二名、それから文官と申しますが、これは技師とか技手、それから属官でございますが、これが二六五名、合計一五五〇名です。それから恩給公務員でない人、つまり雇傭人が主体でございますが、この方々が二〇〇九名。以上でございます。
榊(略)いまの数字を合計しますと、約三五〇〇名を超える数字が出てまいります。これは今までどこでも開けなかった新事実であります。(略)
 また、支部についても、政府はその人員を明らかにした。
榊 (略)ところでもうひとつお尋ねいたしますが、政府の持っておられる資料では、防疫給水部本部はハルビンに本部があって、そのほかに
五つ支部があったはずでありますけれども、これを合わせますと、そこの軍関係者はいくらいたのでしょうか。
森山 私の方に部隊略歴というのがございまして、これを見ますと、昭和二〇年六月一五日の時点でございますが、配置状況が書いてあるわけでございます。これによりますと、本部がハルビンにあったわけでございますが、ここに約一三〇〇名、それから支部がハイラル、これがー約一六五名、それから牡丹江約二〇〇名、孫呉約三二ハ名、林口約二二四名、大連二五〇名。約一三六名というのはちょっとおかしいのでございますが、これは書いてあるとおりに私申し上げているわけでございます。これを足しますと約二三〇〇ぐらいになるんじゃないかと思うのですが、これはいま申し上げました軍属なんかが入っていないのじゃないかというふうに推定しております。
榊 ほぼ明らかになつてまいりました。おそらくその二三〇〇名といのが、石井細菌戦部隊の終戦時の軍籍要員とでもいいますか、そういう者だろうと思います。それを含めまして膨大な二五〇〇名に上る陣容を構えていた。(略)
 これまで七三一部隊員は約三〇〇〇人と推定されてきたが、政府答弁により三五〇〇人という数がすでに確認されていたということになる支部を合あせれば約五八〇〇人。政府は少なくとも、こうした留守名簿とともに部隊略歴を持っているのだ。
 七三一部隊員の戦後
戦犯免責後の「七三一」の行方は、非常に関心が向けられるものである。七三一部隊の「軍神」石井四郎が喉頭ガンのために死去したのは、一九五九(昭和三四)年一〇月九日のことだった。新宿区若松町の自宅で激動の人生に終止符を打った彼はまだ六七歳という若さであった。
 一〇月一一日に青山葬儀場で行われた石井の告別式には、定刻より早い時間に結核・性病の研究班長であった二木秀雄や、植物研究班長であり教育部教官であった八木沢行正などが姿を見せ、式場は次第に訃報で駆けつけた元隊員の姿であふれた。葬儀委員長は、一時期七三一部隊長を勤めた北野政次であった。
 七三一部隊の戦友会は、現在も全国各地で毎年開かれている。その戦友会のひとつである精魂会が発足したのは、敗戦一〇年後の一九五五(昭和三〇)年のことだった。その二年後には、元少年隊を中心にした房友会が発足している。石井四郎が隊員たちの前で演説を行なったのは、おそらくその房友会の結成大会(一九五八年八月)が最後だったろう。「本日ここに少年隊の若さにあふれた元気はつらつたる姿を見て、大変うれしく思う。この機会に、七三一部隊の真の任務は何であったかということと、少年隊設立の意義を説明する」。挨拶に立った石井は、興味深い話を始めた。「第一に、七三一部隊の任務は、一口に言って日本国家、日本民族を救う研究機関であった。私は昭和二年より昭和五年にかけてイタリア、ドイツ、フランス、ロシアの各国へ秘密探偵として潜入した。(略)
隊長をはじめとして幹部クラスにいた隊員たちの多くは、戦後、大学や研究機関などの医学界に身を置いた。北野の場合、陸軍軍医学校の教官だった内藤良一や「七三一」の結核・性病研究班長だつた二木秀雄、濾水器や細菌入りの陶器爆弾を製造した宮本光らと、日本ブラッドバンクを設立した。後のミドリ十字である。
 凍傷実験や生理学研究班長だった吉村寿人は、京都府立医科大学の学長にまでなり、北野と共に南極観測特別委員となった。また、生体解剖などを手がげだ病理班の斑長岡本新造は、京都大学医学部の部長、近畿大学医学部の部長に、薬理研究班長の草味正夫は昭和薬科大学教授、孫呉熟などウイルスの研究を進めた笠原四郎は北里研究所へ、ざらに国立予防衛生研究所には、赤痢研究班長だった江島真平、植物班長だった八木沢行正らの姿があった。
 医学関係だげでなく、航空班の増田美穂は、防衛大学校の教授になっている。そのよしみで、戦後自衛隊に身内の就職の世話をしてもらったという元隊員もいる。
 一方、下級隊員たちはどうであったのだろう。彼らの戦後を調べていた私は、取材中に興味深い話を耳にした。それは元隊員が戦後、原爆被害による傷害状況を医学的見地から調査するアメリカと日本(国立予防衛生研究所=以下予研)の合同調査機関ABCC(Atomic Bomb Commission・原爆傷害調査委員会)に就職していたという事実であった。日本での細菌、ウイルスなどの研究のトップ機関であった予研に、いみじくも江島や八木沢の姿があったことはすでに述べだが、所長クラスをみていくと、その顔ぶれが「七三一」やその関連機関の中枢幹部たちであることに気づく。七三一の姉妹部隊のひとつ、南京の一六四四部隊に関わっていた東大伝染病研究所教授の小島三郎も、そのひとりだった。
 予研は戦後、四〇六部隊と言われていた在日アメリカ陸軍の「細菌兵器」研究部隊と密接な関係を持っていた。先に紹介した日本の研究機関に研究費を供与していた部隊こそが、この四〇六部隊であった。その予所はさらにABCCとの協力関係を作り、原爆傷害調査をしていたわけである。ABCCの研究員は複数の大学から派遣されており、その関係で京都府立医大にいた元七三一部隊凍傷班長だった吉村寿人も、たびたびここに姿を見せていたのだ。
(略)ここに詳細に書ききれないほどに、七三一部隊の戦後は、アメリカの細菌兵器研究機関などと陰に陽に密着し協力関係を作ってきた。
現在の生物兵器開発のルーツに「まさか」の戦慄を覚えるのは、私だけではあるまい。    (完)

にしの るみこ・ルポライター。七三一研究会事務局長。著書に。「七三一部隊の話」「従軍慰安婦のはなし」(明石書店)など。
ーー引用終わり、全文はこちら、ダウンロード<開く。著作権は週刊金曜日にあります。
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