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XY新聞 NEWS23 小野賢二 本多勝一 岩国市長選 米軍再編 週刊金曜日 ルポ 強制連行 慰安婦 A級戦犯 


本多勝一 週刊金曜日 応援、侵略を考えるサイト
本多さんの新しい日刊紙の創刊を応援、侵略を考える。 平和憲法が危ない、改憲を阻止、警戒しよう。 あなたは戦争に行きたいですか。
がんばれ素粒子
素粒子の鳩山法相への死神、記載で抗議が多いようだが、言葉尻をとらえないでほしい。
先進国G8だかで過去1年に国が処刑(死刑)した人数を比較してみたらどうだろう。死刑賛否の議論を深める機会にしては。

朝日夕刊は最初に素粒子を毎日読む。今後も筆先(東京だか中日にもあったコラムかな?)を鈍らさないでほしい。高校の漢文で寸鉄殺人(すんてつひとをころす)と最初に短いのを習い、短い批評を好きになった。青鉛筆やかたえくぼというのもあったかな。最近は国際欄のアジアなどのコラムもいいな。小コラムがんばれ!

http://www.geocities.jp/kuro_kurogo/ko-jien03/page19.html
寸鉄人を殺す(すんてつひとをころす)[=刺す] 「寸鉄」は、小さい武器のこと。転じて、短いが深い意味を含んだ言葉のこと。ちょっとした言葉でありながら、人の心に深く食い入るようなもの。小さい武器で相手の急所を突くこと。ごく短い言葉で人の急所を突くこと。 参照:「鶴林玉露−地集一・殺人手段」 出典:鶴林玉露(かくりんぎょくろ) 随筆集。18巻。羅大経。中国、南宋時代。1248〜52年成立。天・地・人の三集に分け、文士・道学者・山人の言葉を記したもの。論評、逸話、見聞など。議論に詳しく考証は簡略である


http://www.sanabo.com/kotowaza/arc/2003/10/post_557.htmlことわざデータバンク
寸鉄人を刺す(すんてつひとをさす)
意 味: 短い言葉で、人の急所や要点をつくたとえ。
読 み: すんてつひとをさす
解 説: 小さな刃物で人を殺すという意から転じたことわざ。「寸鉄」は、小さな刃物。「寸鉄人を殺す」ともいう。
出 典: 
英 語: The tongue is not steal, yet it cuts.

テーマ:朝日新聞 - ジャンル:政治・経済

兵士たちが記録した南京大虐殺5
読売テレビNNNドキュメント2008,4.7深夜放送


テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

兵士たちが記録した南京大虐殺4
読売テレビNNNドキュメント2008,4.7深夜放送


テーマ:軍事・平和 - ジャンル:政治・経済

チベットの独立要求と差別問題
s-img495.jpg
朝日ジャーナル1989.4.7号 貧困なる精神52より引用。
いうまでもなく、大情況としてはもともとチベットが広大な面積を占める「大民族」の国であり、はっきりした民族文化と伝統・歴史を有すること、それを中国(というより漢民族)が支配していることであって、こうした関係であればチベット人が独立を求めたくなるのは一般論としても当然であろう。(略)しかしもっと具体的な背景としては、漢民族によるチベット人への差別問題が大きいのではなかろうか。(略)そのチベット人差別の実態を以下に紹介したいと思う。
 私自身はまだチベットへ行ったことはない。しかし登山家や探検家に友人が多いので、チベット体験を聞く機会は多々あった。とくに驚かされたのは、一昨年のヒマラヤ登山で同行中に聞いた根深誠氏(明大山岳OB)の話である。(略)
 こういう体験は、中国の観光ルートを歩いたり、中国との「友好登山隊」「合同探検隊」の一員として行っても得られないだろう。民衆と同じ眼の高さで、すべてを共にしてこそ探知できる種類の内実である。根深氏はパキスタン側からチベットにはいり、民衆と同じバスを乗り継いで横断したのであった。その後、根深氏はこれを旅行記として発表すべく執筆中だったが、(略)『風の瞑想ヒマラヤーチベット高原を行く』(立風書房)と題する旅行記のなかから、差別情況の具体例を以下に引用してみよう。

乗客たちの荷物を満載したラサ行きのバスのドアが開くと、兵藤さんと私はチベット人たちに混じって必死で車内に乗り込み、それぞれどうにか後部の座席を確保した。(略)あとから十数人の漢中国人たちが乗り込んでくると、突然、大声でわめき怒鳴り散らし、前席に座っていたチベット人たちを威嚇して立ちのかせた。そして自分たちの座席を確保してから、それらのチベット人たちを後席に押しやったのだ。なかには隣席に座ったチベット人たちを凄まじい見幕で怒鳴りつけ、荷物を置いてチベット人がそこに座れないようにする漢中国人もいた。漢中国人はチベット人を毛嫌いしている。
 のちにラサで会った日本人旅行者から聞いた話だが、それによると先にきて空席に座っていた四人のチベット人に対し、あとからきて座れなくなった多数の漢中国人たちが、それらのチベット人たちの頭髪をひっぱって、バスから引きずり降ろしたそうである。私の乗り合わせたバスではチベット人の方が人数が多かったせいか、そのような暴挙はなかったが、それでも漢中国人たちは目をギラギラ光らせ、目尻をつり上げ、あきらかに平常心を欠いているようだった。(略)
バスは三一時間余りを走り続けて、翌日の夕方六時にラサに着いた。私たち(漢中国人を除く)に与えられた用便を済ませるための機会は、その間わずか二回、初日の夕食時と二日目の昼食時にバスが停車したときだけである。
バスはときどき停車するけれど、それは漢中国人の用足しのためだった。そういうとき私たちが用便のために下車しようと後部からかきわけて出てゆくと、前席に座っていた漢中国人たちがすでに用便を済ませてバスに乗り込んでくる。そして私たちを例によってどやしつけ、後部に追い返してそのままバスを発車させてしまうのだ。
 兵藤さんは、一度、漢中国人たちが用足しをしている間に窓から降りて、ことを済ませた。私は膀胱が破裂しそうなほどの鈍痛を下腹部におぼえつつ、がまんした。(略)
 これはラサの鳥葬場でのことだったが、切り刻まれた死体をハゲワシの群が食べているところへ、トラックで乗りつけた二人の漢中国人がわり込んで入った。そして持ってきた餌をばらまいたのである。チベット文化を無視・侮辱するようなこうした行為には、さすがにがまんならなかったらしく、周囲にいたチベット人たちは憤慨し抗議した。鳥葬に対する野蛮な風習だという偏見が、漢中国人たちにそのような行動をさせたのではないかと私には思えた。(略)チベット人たちがいかに中国人を嫌いであるかということの歴史的事実を私は本で知っていたし、旅行中に会ったさまざまなチベット人たちの口から中国人が嫌いだということも実際聞いていた。
−−−(引用終わり)
チベット騒乱ニュースに関して1989年当時の貧困なる精神を掲載。現在中国当局の取材規制が厳しいだろうが、どれだけチベットのルポが載るか期待したい。
<以下アクセス日2008.3.26 AM0:50>
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080318c.html

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080312.html
http://www.tchrd.org/press/2008/p001.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080314b.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080315.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080317b.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080317c.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080320b.html
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080324.html

テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

戦後民主主義と労組に反戦を期待できるか
週刊金曜日667号(2007.8.24)貧困なる精神335より引用。
戦後民主主義と労組に反戦を期待できるか-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」12
・(本多)うん。マスコミといえば世論という、たとえば「改憲世論は本当に多数か」といった「世論調査」がよくありますがー
(原)問題だね、いまのは。
(本多)あれに俺は疑問をもっている。第一、物理的な意味でもわずか一〇〇〇人くらいの抽出でやるでしょう。しかも回答率があまり高くない。
(原)統計学的には一〇〇〇人でもいいそうだが、回答率が六〇%未満は信頼できない。特にいま世論調査と報道の問題点を問い直すべきだ。というのは世論調査の前に、そのテーマについて事実やデータをどれだけ報道しているのか。十分な判断、結論を出せる十分な材料を提供しないままで世論調査をやると、その多数結果に世論が乗っかることになりやすいでしょう。
(本多)だから俺は以前から「八百長」だと言っている。
(原)だから事実報道をしっかりした上で世論調査をやらないと、悪循環というか、十分にデータを与えられないまま判断していることの拡大再生産になってしまう。
(本多)要するに自分たちがつくったものを自分たちで調査している。
(原)そうそう。肝心なことは、だからやっぱり事実報道の重要性に戻るということですよ。
---(以上引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。


テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

新聞テレビにも日米安保体制の枠がある
週刊金曜日664号(2007.7.27)貧困なる精神332より引用。
新聞テレビにも日米安保体制の枠がある-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」10
・(原)小泉という者を政治家としてどういうふうに認めるかの問題だ。きちんともう一回評価をやり直したほうがいい。ホントはね。
(本多)全くね。とりわけ新聞が奮起すべき秋のハズなれど・・

・(原)僕は小泉は政治家じゃなくて道楽屋だと思っている。改革は掲げたが、国家としてこうあるべきだというグランドデザインを、彼がどれだけ具体的に持っていたかといえば、そんなことまじめに考えていない。(略)いろいろなものを読んでみても、自分の関心、興味のあること以外は、まったく関心を示さないという・・・
(本多)「示さない」というより、無能だから「示せない」のですよ。
(原)プレスリーや郵政には反応を示した。郵政は大臣のときに思うようにいかなかったリベンジだと思う。あとは全部道楽でやったなという感じがしてしょうがない。彼の正体をマスコミは追求しなかったね。
(本多)何度でも強調するけど、マスメディアが堕落してしまった。

・(原)そう。基本的には日米安保体制がマスメディアでもできあがっている。だからその枠を破って批判し、日本政府に対しても完全に自由な立場から批判することができなかったんだと思う。
(本多)そういう状況だからこそ、検閲がなくても戦前と似たようなことになっていっちゃうわけですね。
(原)テレビは、NHKが米国のABCと提携し、TBSがCBS、テレ朝はCNNとか、そういう提携関係があって、映像をもらったりしている。新聞だって『ニューヨーク・タイムズ』と『朝日』、『ワシントン・ポスト』と『読売』が提携している。『日経』と『ウォールストリート・ジャーナル』も提携。そういう日米関係がマスメディア同士でもある。それが全体の日米安保体制の中で機能している。日米安保体制という枠から完全に出て、状況を批判する自由を持ち得ていない。『朝日』だって、早い段階からイラク戦争に批判的ではあるけれど、提携先の『ニューヨーク・タイムズ』の批判をどれだけ超えているか。
(本多)超えていないね。だいいち現場からのナマの記事がないのでは超えることが「できない」。
−−−(以上引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

既成事実にすべてはとらわれない報道を
週刊金曜日662号(2007.7.13)貧困なる精神331より引用。
既成事実にすべてはとらわれない報道を-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」9
・(原)そう。たとえば満州事変を、「一九三一年九月一八日の夜一一時近くに支那軍が攻撃してきた」という軍部の発表があると、一斉にそれを書く。次の日は、もうそこからスタートする。その間に疑問を持った記者がいなかったとは言えないのに。
(本多)最初の発表が事実かどうかね。
(原)(略)軍の発表がスタートして、あとで疑問が起きてもその上に乗っかってレールを走ってしまう。一五年戦争の起点となった満州事変の最初の動きなんて、その典型だね。
(本多)そういう体質がいまもあまり変わっていないんだな。
(原)確かに新聞というのは難しい。だけど事実を間違えたことが分かったら、間違ったと書けばいい。
(本多)そう、その事実をまた書かないと。そこが非常に問題なんですよ。体制権力に対する監視という本来の役割にどうしても欠けるんだな。

・(本多)もうイラク派兵自体が憲法の粉砕でしょう。(原)違憲の派兵だということ。(本多)もちろんです。(略)
(原)一九六〇年安保のことを多少でも知っている人間にとっては、あのとき適用範囲の極東条項を、あれだけ時間をかけて大議論しているわけだね。その極東の範囲が、いつのまにかインド洋を越えて中東まで広がってしまったということ。これは本来もっと野党がしっかりしていれば、あるいは革新勢力が強ければ、安保条約の改定問題として国会で議論できたはずだね。政府に賛同するだけの自民党の責任も大きい。
(本多)当然ながら。しかしこれにはマスコミの責任が大きい。
(原)本来なら条約改定論議として扱うべきことを、日米軍事協力のガイドラインみたいなこととして軽く扱われてしまった。それに対して政党もマスコミも本格的にそれを問題にしなかった。その弱さだね。それと何とも理屈にならない無論理な小泉答弁・小泉解説でやられちゃった。
(本多)小泉のようなアホに牛耳られるもっとアホな政界やマスコミ・・・あれ、ホントにもうイライラしちゃった。日本の知的水準低下を小泉が反映しているのか・・・
(原)いくつか小泉語録があるけれども、大量破壊兵器が「ないとは言えない」ですんでしまったのは、論理学上のイロハから矛盾している。僕はその当時よく言ったんだ。雪男がヒマラヤにいるという説に対し、いないことを証明することなんかできないよね。(略)こんな小泉論理が通るなら、無実の容疑者にされたときに、捜査当局が有罪を証明するんじゃなくて、捕まった人が冤罪を証明しなければならなくなってしまう。こんなばかなことがまかり通る日本の国会のレベル、その知性の低さが恥ずかしい。
−−(以上引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

つぶされる芽なのか大きくなる芽なのか
週刊金曜日661号(2007.7.6)貧困なる精神330より引用。
つぶされる芽なのか大きくなる芽なのか-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」8
・(原)その関連でいえば、『北海道新聞』が沖縄密約確認のスクープの前に、警察の裏金摘発もやっていた。大キャンペーンをね。ジャーナリストは健在ですよ。昔は社も記者も、日ごろ世話になるサツ相手にこんな全面戦争なんてできなかった。
(略)
(原)東京の新聞はそっぽ向いて、『道新』独り孤立した状況でよくがんばったと思う。バックアップしてくれたのは警察幹部のOBたちの告白。昔のことを考えれば画期的だ。
(略)
(原)昔も今もとても難しい。〇三年に『高知新聞』『愛媛新聞』が取り組み、一二〇万部の『道新』で新聞社、編集局としてきちんとやったということが凄い。結末は警察権力によるリベンジで『道新』は〇六年一月、一種の詫び状記事を書いた。日本ジャーナリズム全体が警察にねじ伏せられて歴史的敗北に終わった形だが、一緒に闘おうとしなかった大手メディアの責任は重大だ。
(本多)日本の大新聞はいつもこうだ。連帯ができない。
(原)それから、政治圧力によるNHKの番組改変を追及した『朝日』の記事も、組織的な調査報道というところまでは言えないけれども、意欲的な仕事でしょう。
(略)
(原)関連して、あの「慰安婦」問題番組改変事件の人にも触れたい。僕も裁判を傍聴したが、永田浩三さんというチーフプロデューサーと、長井暁さんというディレクターの二人が相当な覚悟でなきゃ言えない証言を、きちんとしている。当然といえば当然の証言だけれど、普通のマスコミの人だったら、企業ににらまれるのを承知であそこまで証言できるのか。NHK経営陣のああいう空気の中で、相当な覚悟だと思う。
(略)
(原)そういう人も出ている。だから日本のジャーナリズムがちゃんとやっていけるような大事な芽は出ているんだ、全然芽がないわけじゃないんだと言いたい。
(本多)それはもちろんそうなんだけれど、そういう人がつぶされる過程での芽なのか、そこが問題。
(原)でも、結局結末は『朝日』の場合もNHKの場合も『道新』の場合も、人事処遇で処分じゃないけれども配転された。
(略)
(本多)結局は今のような新聞ではあまり希望を持てませんね。自衛隊のイラク派兵にしても、日米軍事体制の実態や憲法に鈍感だった新聞、既成事実に弱い体質。ジャーナリズムの定義というか、さっき言ったような体制権力の監視的な役割にしても、なぜ弱くなっていくのか。どうしてですか?
ーー(引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

NHK番組改編問題 永田、長井氏証言
http://www.jca.apc.org/mekiki/vol22_1.htm

http://www.hokokyo.org/

テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

調査報道こそジャーナリズムだと確認
週刊金曜日660号(2007.6.29)貧困なる精神329より引用。
調査報道こそジャーナリズムだと確認-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」7

・(原)だから幹部が記者にその余裕を与えていないということでしょう。意欲が出るような職場環境をどう作るか、ではないか。いい記事を書くために、自由な論議ができる職場環境づくりが記者活動の第一歩だ、というのは僕の持論です。ジャーナリズムとしての意欲もない奴がメディアにのさばっているのは迷惑だね。
(本多)俺もそうじゃないかと思ったんだけれど、現役の中でも定年に近いある記者の話だと、それが案外そうじゃないって言うんですよ。若い記者連中はそもそもそういう関心を持たないんだって。上からの抑圧とかいうものでそうなっているんじゃないって言うんです。
(原)本人の気分かね。
(本多)もう何というか、上も下もそういうふうになっているって言うんだ。だから初めからそういう希望を持って入社した若者は、二〜三年以内に辞めてしまう。辞める数が非常に多いって言うんですよ。入社した数の五分の一とか四分の一が、三〜四年以内に辞めちゃうらしい。
(原)しかし、自ら退社していくっていうのは、何か意欲があるから辞めるんでしょう。
(本多)たぶん、そうでしょうね。
(原)辞めない場合は、そこそこ給料もらって適当にやっていれば、定年までのんきに過ごせる。そういう連中が多くなったかね。そんなのんきな時代じゃないと思うがね・・・。
(略)
(原)一般の会社だったらそれも理解できるけれど、『朝日』『毎日』『読売』をはじめ名だたるメディアの狭き門を入った連中も、そういうふうになるかね。
(本多)というふうに、その定年に近い記者が言うんですよ。だからああいう紙面なのかなと思えてしまう。
(原)それだと記者クラブへ行って、もらった材料を右から左に書き直して出せば「きょうの仕事は終わった」ってなっちゃう。それじゃ面白くないだろうに−。
---(引用終り)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

本多さんのいうことが事実なら朝日をはじめ大手新聞社は末期的だな。ジャーナリズムも崩壊の兆しか。薄ら寒い気さえしてくる。もっと元気を出してほしいもの。昨年から書いてまだやっていないが、最近の新聞記事でルポがでたら取り上げないとなあ。朝日ならつい最近の救急病院のルポ、救急存亡は読んだ。児童虐待のルポもかかさず読む。ルポはやはり記事の説得力が違う気がする。ウォッチドッグ、権力監視のルポがほしいな。自衛隊イージス艦あたごの漁船との衝突事故は時間を追う記事は出たが、今後ルポが出るか要注目だ。この間買った「ルポ現代の被差別部落」朝日文庫の著者は今の朝日の論説主幹の若宮啓文さんではないか。もっとルポ記事の掲載を頼みますよ!若宮さん。

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金と人手、時間をかけた調査報道
週刊金曜日659号(2007.6.22)貧困なる精神328より引用。
金と人手、時間をかけた調査報道-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」6
・(本多)たとえば『朝日』の場合、この問題はちょっとあとでとりあげようと思っていたんだけれど、記者が現場に行かないことが明々白々ですね、記事を見ていると。(略)
(原)さっき言った「群れ的に生まれてきた若いグループの中に、『朝日』の記者もいるんです。彼(諸永裕司記者)は下山事件を追いかけて本(『葬られた夏ー追跡下山事件』朝日文庫)にしている。故・斎藤茂男さん(元共同通信記者)に教わったとその中で書いているけれど、彼の西山取材なんかも本紙に載らないんだな。「Be」という版があるでしょう、日曜版と土曜版。まあ硬い問題の読者を広げる意味はあると思うが−。

・(本多)いるんだけれど、何て言うかな、本紙の生の記事にあまり出てこないでしょう。「出てこない」のか「出されないのか」・・・。
(原)「現場へ行かない」というのは、やっぱり本多さんらしい指摘だなと思った。僕はそういう気のつき方をしなかったけれど、全体として解説が多くなってきて、現場のにおいが減ってきていることは感じるね。ネット時代対策もあるだろうが−。
(本多)減ったというより「無い」に近い。解説だってそんなに多くはないでしょう。
(原)やっぱり取材に十分に時間をかけて、人手も金もかけてやるという従来の調査報道とは違うのかね。背景解説も必要だが、もっと調査報道による権力悪摘発が欲しい。
(本多)そう、典型としては調査報道。でも対象によっては金をかけずに一人でやることもできますが。俺の例でいえば『中国の旅』とか『戦場の村』とか・・。
(原)発表モノと違って、自ら責任を取らされる調査報道にはやはり積極的に取り組みにくいということかね。
(本多)本当は逆だと思うんですよ。テレビやラジオにはどうせスピードで負けるに決まっているんですから、雑報ばかりの紙面じゃなしに、突っ込んだ記事とりわけルポとか解説記事とか、それが本当はいまこそ必要でしょう。それが前より減っちゃった。「ふざけるな、逆じゃないか」って怒りたくなる。
(原)それはやっぱりマスコミ全体としていうと、人手をあまりかけたくない。企業合理化のためだと思うな。それに発表ジャーナリズムのように責任をニュース源に転嫁できない。(略)
(原)記者の能力が落ちてきたということもよく言われるけれど、記者の本格的訓練をしないでおいて、記者の訓練が落ちたなんていうのは一方的な言い方じゃないかね。
(本多)そうそう。訓練というより「場」を与えれば、本番がそのまま訓練になって必ず伸びるんですよ。(略)
(原)そうすると記者の問題じゃないんだ。あとはお金をかけ、人手をかけ、時間をかけても、調査報道をたっぷりやらせるか、ということでしょう。
(本多)しかし記者個人の場合、ルポならいつでもできるはずですよ。げんにフリーの個人はビンボウでもやっている例がある。だから要するに「やる気」があるかということではないでしょうか。管理職にせよ現場記者にせよ。

ーー(引用終り)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

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若い記者の企業横断的な動きに期待
週刊金曜日658号(2007.6.15)貧困なる精神327より引用。
若い記者の企業横断的な動きに期待-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」5

・(原)沖縄密約で有罪判決を受け名誉回復の裁判を起こした西山太吉記者の事件で、当時日米交渉の当事者だった吉野文六・元外務省アメリカ局長の「密約はあった」という話を取った『北海道新聞』の往住嘉文記者の話など、極めて自然体なんだね。(略)法廷で否定していた当事者がついに白状した。日本が支払った三億二〇〇〇万ドルがすべて積算根拠もない、つかみ金だったと暴露した。(同紙二〇〇六年二月八日朝刊)(略)しかし元はといえば、実は本多記者が最初にとり上げた。
(本多)そう。西山さんには、(事件後に記者を辞めてから)俺が初めてインタビューしたのね。つまり「若くない世代」としての俺が(笑)。
(原)『週刊金曜日』(二〇〇〇年一一月二四日号)(笑)だけどあのときは、ポツンとそこでやった。

・(原)そのあと琉球朝日放送の土江真樹子さんが「告発」と「メディアの敗北」のドキュメンタリー二本で、しつこく彼をテレビに乗せたんだけれど、それを引き継いだ形で西山裁判が始まってから、企業横断的に若い記者たちが西山問題を追及してきた。そういう動きを見ていて非常に感銘を受けた。いい動きだなと思ったんです。(略)

・(本多)ここでひとつ問題なのは、俺が西山さんに最初にインタビューしたときのマスコミの動きです。『週刊金曜日』に出たあと新聞もいくつかが追ったけれど、大きな動きにはならなかった。これはなぜですか。『週刊金曜日』という媒体の問題なのか、記者たちの認識の問題なのか。しかしともかく『北海道新聞』の往住記者ががんばってくれた。だけどこれはどの世代にもいる「ガンバリ個人」の問題であって、「今の若い世代」の問題に一般化できないのではないか。もしできるのであれば、今の新聞の社内現場の中枢にかれらがなって新聞も変わるハズでしょう。
--(以上引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。
日刊ベリタ:「沖縄返還密約『吉野文六証言』の衝撃と米軍再編」(2006年4月1日)

西山太吉さん関連記事(週刊金曜日)

テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

天皇の戦争責任を問う意見広告は
週刊金曜日656号(2007.6.1)貧困なる精神326より引用。天皇の戦争責任を問う意見広告は--原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」4
・(原)そう、ドイツは時効なしでやっているわけだから、日本だって時効なしでやるべきだという議論は当然ある。そうすると、天皇を戦犯裁判にかけようという広告の問題は、現実離れしているような話だけれど、理屈からいえばまだ議論すべき余地があるということでもある。しかし、今もやっぱりできないのは、なぜだろう。昔は右翼を怖がって天皇や皇室問題は批判をしなかった・・・
(本多)実際ほとんどの理由がそれじゃないか。
(原)けれども、『朝日』が二〇〇一年八月一五日の社説で初めて、天皇は陸海軍の統帥であって戦争責任は免れない、というほかはあるまいと、戦争責任をはっきり認めたんだ。僕はそれに注目して、日本の一般新聞で社説にはっきり書いたのは初めてだと思ったので、一〇日ぐらいたってから、どういう反応があったかー投書とか右翼の抗議とか、右翼の街宣車が社の前に来て怒鳴ったとか、何かそういうことはなかったかと、『朝日』の二〜三の方面に聞いたんです。広報にも聞いたし、現役記者にも聞いた。そうしたら何もないというんだね。ということは、右翼が何も抗議しないようなテーマだったということなんだ。つまり、昭和天皇の戦争責任など卒業しちゃっていたんだね。だから、僕はそのことのほうにニュース性を見出したくらいだ。
(本多)同感ですね。いやこれは記録しておくべきですよ。

・(原)企業内記者の存在意義で、二〇〇五年から今年にかけて、いまの若い記者の中に僕らができなかったようなことまで、きわめて自然体でやっている記者がでてきていることを非常に感じている。
--(引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

朝日 2001年8月15日社説?(各社社説かの真偽は検証しておらず不明なのであしからず)
http://natto.2ch.net/mass/kako/997/997823489.html2ちゃんねるより引用。
■歴史に対する責任とは――終戦記念日・2001年夏

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テーマ:戦争・原爆 - ジャンル:政治・経済

改憲に対する意見広告をどこまで認めるか
週刊金曜日655号(2007.5.25)貧困なる精神325より引用。

改憲に対する意見広告をどこまで認めるか-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」3
・(原)僕はあまり見ていないけれども、こういうのを「2ちゃんねる型世論形成」というんだそうだね。インターネットの巨大掲示板、2ちゃんねるで『朝日』こうこうでけしからんというとワーッと盛り上がっちゃって、それが世論を形成していく流れのきっかけになっていくみたいな。
・(原)それも、もう下火らしいが、そういう世論のつくられ方にジャーナリズムがフラフラ動かされている状況が、三三年前には考えられなかったし、危険な状況になっている。
・(原)また、拉致で盛り上がるナショナリズムの背景に、日本最大の右派組織で安倍イデオロギーの支柱となっている「日本会議」がいる点を『ニューヨーク・タイムズ』や『クリスチャン・サイエンス・モニター』が指摘、日本のメディアが自由に報じ得ていないと書いている。
・(本多)だから意見広告の自由、前の対談で「新聞は公器」という言葉を冷やかしたことがあるけれど、その点ますます私器になってきた。例えば「天皇を戦争裁判にかけよう」の広告はできないというご指摘がありましたが、これは結局は暴力的右翼が怖いからやらないと。極論すれば日本は暴力支配下にある。
・(原)広告の問題では、改憲広告の自由が、これから非常に大きな論争のテーマにならざるをえない。というのは国会の衆参両議院が、改憲を三分の二以上の賛成で発議するときに、その広報をやる機関、広報協議会というのを衆参両院の改憲派・護憲派の勢力に応じた人数でつくる。そうすると、広報はおのずから一〇対一ぐらいの割合にしかならない。(本多)もうそれ自体が改憲への道になってゆく。
・(原)その広報体制自体も問題なんだけれど、もう一ついま国民投票法で議論になっているのは、それぞれの政党がやる意見広告の自由をどこまで認めるか、が大問題です。金のある政党が、改憲PRをどんどん放送していいのか、ということです。
---(引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

2ちゃんねるはネット右翼も多いが、貴重な情報もありブログで引用することもある。玉石混交でよいのでは。逆に今の新聞に社会の裏側、現実いわゆるルポが載りにくい今日を代替している掲示板だと俺は思う。

テーマ:憲法改正論議 - ジャンル:政治・経済

つくられた世論に動かされる世論

週刊金曜日654号(2007.5.18)貧困なる精神324より引用。

つくられた世論に動かされるメディア
-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」2
・(本多)俺が行ったときに通訳を兼ねていろいろやってくれたロシア人は日本通で、若い男だけど非常に優秀でしたが、これも去年(二〇〇六年)の初めに殺されたんですよ。部屋を出たらいきなりやられて、犯人はまだ分からないらしい。(原)それはフリーの人?それともどこかに所属しているの?(本多)いや、いまは独自に事務所を持っていたらしい。(原)自由派ジャーナリストかな、結局。(本多)もうジャーナリストの枠は出ていたようですが、いきなり殺されたから分からない。だから何だか怖いところだなと思って。(略)
・(本多)この付和雷同型の世論というかスタンピート(パニック状態)というか、その先頭を走る新聞・放送の危険性が増大したのではないか。これは当時よりもむしろ一層ひどくなっているんじゃないか。あの中で問題にしているミンダナオ島の例なんかにしても、いまも結局変わっていないんじゃないか。
 それで、戦前もこうだったんだろうなということが、いまの情況を見ていると、我々戦後世代でもよく分かるんです。これはもうジャーナリズムではないと思う。ジャーナリズムの定義の中で欠かせないのは、体制権力への監視役だと思うんですが、もうそういうジャーナリズムではなくなったんじゃないか。
(原)つくられた世論に動かされている度合いのほうが強くなったとも言える。
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引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

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愛国報道を反省しはじめた米国メディア
しばらく週刊金曜日の創刊号からの「貧困なる精神」を紹介していたが、当ブログは本多さんの新しい日刊紙(XY新聞)を応援するために立ち上げた。
今週の貧困なる精神によると今年末で本多さんも77才の喜寿になられるとのこと。XY新聞の創刊が大変心配になってきた。そこで「貧困なる精神」の膨大なジャンルの中で、日刊紙、メディア、ジャーナリズムに関連した評論を今後優先的にとりあげようと思う。手始めに昨年の原寿雄さん(元共同通信編集主幹)との対談から。また新日刊紙創刊に参考となる記事なども掲載し、XY新聞創刊に一役立てればと思う。週刊金曜日創刊時の集まりで、本多さんが、ベトナム独立戦争でホー=チ=ミンが果たした役割に比べたら、日本での新日刊紙の創刊などしれたものと述べられていた。朝日も最近は日経、読売との提携サイト「あらたにす」をたて、仲間になったのか?いまこそ政府・大企業べったりでない市民本位の評論・ルポルタージュを中心とした高級紙の創刊を是非とも実現したいものだ。10万の読者がいれば始められるのだろうか?
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以下週刊金曜日653号(2007.5.11)貧困なる精神323より引用。
愛国報道を反省しはじめた米国メディア-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」1
・9.11テロ事件で、愛国症候群という人もいるけれど、もうまったく国籍のあるジャーナリズムの本性を、『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』以下、ほとんど全部があらわしたといっていい。新聞・放送が一斉に愛国論調・愛国報道になびいてしまった。最近それがイラク戦争をかなり厳しく批判するところまで、『ニューヨーク・タイムズ』も『ワシントン・ポスト』も立ち直ってきたようだ。
・大量破壊兵器がイラクになかったのに「ある」というホワイトハウスの宣伝に乗っかって戦争を正当化したのは、大きな誤報だったという反省を、二〇〇四年に『ニューヨーク・タイムズ』も
『ワシントン・ポスト』もやっている。
・ロシアでは最近も、チェチェン報道で有名な女性記者が暗殺された。(略)ああいうことが次々と起きているわけだね。だからロシアの言論・表現の自由は、まだまだ狭い。中国は、国内にニュースを配信するときに新華社を通さなければ、経済ニュースその他を配信させないような統制システムを、このあいだ改めてつくって、外国のプレスに対しても規制が強まっている。
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裁判官が軽蔑すべき職業になる-裁判官のためのジャーナリズム入門講座その一一
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週刊金曜日32号(1994.7.1)貧困なる精神31より引用。
・筧康生裁判長による一審判決は、殿岡被告の評論を「不正確であり、やや軽率であった」と判示しましたが、これが果たしてことの重大性を認識した者の表現でしょうか、他人の言葉を私の言葉にスリかえ、当局による明白な発表モノとして記録した内容をジャーナリスト自身のものに変造した上で、そうした改竄なしには成立しなかった非難・中傷をジャーナリストに投げつける。
・発表モノは厳正に「そのまま伝達」しなければならないのであって、歪曲して伝達すればそれこそがジャーナリズムの否定である点、もはや再論する必要もないでしょう。
・こうした意見書も読んだはずの丹宗朝子氏(二審裁判長)がどんな判決を下したか。(略)とくに殿岡による改竄の事実ははっきり認めているわけですが、(略)
・暴力団やヤクザの役割にしても、こうした「法を頼りにできぬ現実」の側面があるために、いつまでも存在するのでしょう。民主主義も、司法の公正があってこそ意味があります。政権の道具と化した司法では、何度もいうように、ソ連その他の実例と同じく、もはや民主主義ではなくなっているのですから、国民もそのつもりで対処せざるをえません。
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引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

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