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日本軍に踏み躙られたマレーシア  泰緬鉄道

週刊金曜日37号 1994.8.5 P32~39より引用。泰緬鉄道は、日本では映画「戦場にかける橋」を通して知られる。しかし、戦時中、日本軍がこの鉄道を建設するために、数多くのマレー人を強制連行して労働させたり、ここでも女性を慰安婦にした事実は、まだほとんど明るみに出ていない。
 シンガポール陥落
 (略)そして丁度その頃、シンガポールでは中国人が「検証」のため、集められていた。二月二一日から二三日の三日間で全島反日分子を「検証・粛清」せよという命令が出されたのである。杜撰な検証で、検証のスタンプをおし紙きれをもらって無事放免になった人は幸せだった。その検証で二度と帰ることのなかった人は粛清された。「粛清」、つまり日本軍によって虐殺された人の数は確定出来ない。五〇〇〇人から五万人という。シンガポールのみならずマラヤ全域で中国人の粛清がおこなわれた。マレー半島各地には、大地に突き刺さったいくつものトゲのように、虐殺された人々の碑が建てられている。
 「粛清」がおわると、日本軍は五千万海峡ドル(以下も海峡ドル)という巨額な金をマラヤ全域の中国人に強要した。「奉納金」という名の強奪である。それがいかに巨額なものであったか。五千万ドルという額は当時マラヤで流通していた通貨総量の実に二三パーセントにあたる。英領マラヤの中国人はその巨額の金を、三月から六月までの三カ月という短期間で集めなければならなかった。売れるものは家でも田畑でも家財道具でも、なんでも売って金を作った。その「奉納金」の強要は、二月の粛清の直後のことであったから、日本軍が中国人の生殺与奪の権を握っているのだという脅しは、単なる脅し以上のものに思えた。集まったのは二三〇〇万ドル、不足分は横浜正金銀行(東京銀行)から借り入れて、五千万ドルを日本軍に「奉納」したのである。
 詩人オスマンの強制労働体験
 泰緬鉄道の建設へ
 (略)日本軍約一万三〇〇〇人、イギリス、オランダ、オーストラリア、アメリカ等連合国戦時捕虜約六万二〇〇〇人、アジア系労働者約一八万三〇〇〇人(タイ人を除く)が動員された。
 「労務者」に仕立てられた社会弱者
  プランテーションからの強制連行
  ジャングルでの生活
(略)鉄道建設は、まず全線にわたって同時にキャンプが作られ、一斉に開始された。そのため最初の連合国軍捕虜やアジア人「労務者」は、タイのパンボンから歩いてジャングルの中のキャンプ地まで行ったのである。
 線路の長さは、タイ側だけでも三〇四キロある。日本兵も、捕虜も、アジア人「労務者」も、ある人は一日、ある人は三日、ある人は二週間と目的地まで歩いた。彼らは木に寄りかかって眠った。雨の降る日は水をかぶった地面で寝た。雨を遮るものは木の枝しかなかった。
 キャンプに到着する前に、道端にうずくまり、倒れる人が出てくる。それを助ける余裕のある人もなく、捨てられ、やがてジャングルで朽ち果ててゆく。
 パラスラマンはパンボンからターカヌンまで六日間歩いた。「雨がずっと降っていた。途中、ジャングルの中にたくさんの死体が散らばっているのを見た。最初、日本兵は死体をわれわれに見せないように、避けて通ろうとした。だが、あまりに沢山の死体が放置してあるので避けることは出来なかった」(略)
 雨の中でも働く
(略)便所は重要な問題であった。大体は大きな溝をほって、板を渡すという簡単なもので、屋根を付けたところも、屋根がないところもあった。便所は蝿がたかり、すぐにうじ虫がわいた。うじ虫がびっしりと排泄物の表面を覆って、しかも動くので、まるで油がにえたぎり、泡が表面を覆っているようだったという人がいた。うじ虫は溝の外にまではいでた。労務者たちはみな、悪臭を嫌ってジャングルのそこら中でやっていた。
 さらにマレー人もインド人も左手を使って水で清める習慣があったから、川に近いキャンプでは川で体を洗った。一度赤痢、コレラが発生すると一瞬にして広がり、思いもかけない大量の死につながったのである。
(略)五月、ビルマ国境に近いキャンプでコレラが発生した。コレラはあっという間に広がった。患者はほったて小屋の隔離病院に放置された。死者が毎日でた。朝、仕事に出てこない「労務者」をおこすために、兵隊が寝ている「労務者」を足で蹴る。起きてこない「労務者」は死んだものとして大きな穴に投げ込まれた。投げ込まれて、雨の冷気や死体の腐臭で気がつき、必死に穴から這い出たという人もいた。
(略)連合国軍捕虜は、依然として軍隊組織であるから、死者は各部隊の責任者が秘かに記録を留めていた。名前、部隊名、死んだ場所、理由、年月日等は記録にとどめられた。記録できない時も、一人ひとり埋葬されたから、後に掘り出すことを考慮に入れた死体を識別する何らかの手段をこうじた。彼らは、たとえジャングルに埋められようと戦後掘り起され、カンチヤナプリの墓地に再埋葬されて一人ひとりの墓碑銘の下に眠る。墓地は美しくたもたれ、木々が木陰を作り、花が彩りをそえる。管理人の散水がキラキラと光る水滴で革の表面を潤す。
 アジア人の「労務者」は、だれも死者の名前さえ記録せず、ジャングルや、道端や、大きな穴の中に積み重なるようにして捨てられた。彼らはわずかに、帰ってこない父、息子、母、娘、夫として、一人ひとりの記憶に留められた。 
 子供たちも犠牲に
 慰安婦にされた女性たち
(略)「労務者」はパンボンに到着すると、皆メディカル・チェック(身体検査)を受けた。男性にとってもはじめての経験であった。「日本兵はガラスの棒を尻の穴に突っ込んだ」のである。ある人は驚いて、そのまま逃げだしたり、大騒ぎであったという。(略)
 ベンジャミン・ムティアは「バンボンに若い中国人の女性がいた。彼女はみんなの前で尻を出してチェックをされるのを嫌がった。日本兵は無理に服を脱がせ注射をして、彼女の体じゅう触った。みんなが見ていた。その女性は三日後に死んだと聞いた。私は、恥のため自殺したのだと思う」と語った。
(略)ナダセン・ヴエラは「キャンプに新婚のタミル人の夫婦がいたが、夜になると日本人将校が用事があるといって妻を彼らの小屋につれていっては、三、四人の将校が彼女を朝まで返さなかった。若い夫は抵抗できなかった。キャンプではみんな知っていた。朝になるとよろめくように帰ってくるその女性をみんなは見ている。その夫は二五歳くらいだったが、タイで死んだ。妻もすぐに死んでしまった。そのタミルの夫婦はセントアンドリユウ・エステイトから来た人たちだった」と記憶している。
 マレー人の女性も例外ではなかった。ただマレー人の場合これまでの聞き取り調査では、夫がいる女性は比較的安全だった。夫が死ぬと、すぐ日本兵が来た。
 聞き取りを始めた頃、マレー人の男性たちは、夫が死ぬと、「女性はすぐ新しい夫と結婚した」という表現をした。詳しく聞き質すと、日本兵が性的関係をせまったということだった。ヤアコプ・ビン・モハマド、チエ・ハッサン・ビン・オスマン等多くの人々が、「夫が死ぬと、妻のところに日本兵が毎日のようにいって自由にした。上官がキャンプに来るとこなくなるが、上官がいなくなると同じことの繰り返しであった」という。(略)
 私があった、あるマレー人の女性も恐らくこのような経験をしたのだろう。その女性はマレーシアの新聞にセックス“スレイブ(性的奴隷)として報道された。その記事を書いた記者に確認したが、その女性ははっきりとは語っていない。記者はテープもとっていなかった。その女性の娘は母のことを「今も夜中にうなされて、とびおきてはそこら中を徘徊する」といっていた。
 彼女も夫と一緒にタイへ行って、夫が死んでしまう。それから彼女の苦しみは始まった。そしてその苦しみは末だ続いている。イスラーム教徒の女性としてカンポンに暮す彼女の心の中に、泰緬鉄道の記憶は消えることのない、癒すことのできない傷を刻み込んだ。彼女は「男と女のこと」はなにも話したくないという言い方をした。ただ、「苦しかった、本当に苦しかった、今でも苦しい」といった。「いつも神様に私の犯した罪の許しを乞うている」と。
 欠けていた「人間を人間として見る思想」
(略)マレーシアにも「慰安婦」と日本人によばれて性的奴隷にさせられた人々がいる。一五歳、一六歳という少女たちが日本兵に捕らえられ、強姦され、三年半のあいだ性的奴隷として酷使された。最近、彼女たちの一人は、自分が監禁されていた日本軍の「慰安所」を自分で見て来た。それは美しく塗り替えられ、若い人たちが勉強している学校になっていた。今、半世紀たち、ようやく彼女は女性たちに支えられ、半世紀の過去を克服しようとしている。
 イギリス政府は、戦後マラヤの「労務者」の調査で、英領マラヤから泰緬鉄道に送られた「労務者」の総数七万八二〇四人、死亡者四万人としている。
 そうです、マレーシアで、日本は戦争をしたのです。
中原道子
ーー(引用終わり)
全文はこちら(著作権は週刊金曜日にあります)
アジア人蔑視が如実に現れていることを感じる。
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